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2010/11/07 (Sun) 才条 蓮のコラム

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自己紹介でも書きましたが。
私は介護士をやっております。

その関係上、人の死に立ち会うことは多いです。
もう何人看取ったんでしょうね。
それは数えきれんのでしょうね。



今回亡くなった方は別に特別な方ではありません。
初めて亡くなった方でもないです。


それでも、人の死と言うのは色々なことを考えさせていただきますね。



勿論、亡くなっていく方にはその方の人生があります。
家族があります。
そして、命があります。


カルテを見ればわかる。
その人がどのような生活を過ごしたか。
家族を見れば、その断片を知ることができる。


だから、その方が余計に感じる。
その方の人生が。
命が。




1、死を見れば見るほど、
  命が軽く感じる…と言う人はいる。
  だけど、それは私は嘘だと思う。


たとえば、
作品で、
人を殺し続けるうちに人殺しを何も思わないキャラクターが出たりする。

それっって、本当に存在するのだろうか。
…と思う。


最初、人の死を看取った時は正直あまり感じなかった。
悲しみや。涙が。



しかし、何人も看取るうちに思う。
この人は死ぬ間際まで幸せだっただろうか。
それとも不幸だったのだろうか。
人生は良かったものだろうか。



そう感慨に耽りながら、私は看取っていく。

そして、日常生活でふと思う。
この人はああいう風に生きていたんだな~~。
と追憶をするのだ。



重くなる。
死を見れば見るほど。
命が。
人生が。


グッゲンハイムの作品であれば、
カレン・エスタークにそれが集約されている。

彼女はあまり最初は人殺しはあまり何も感じていない。
それは1905年を見ればわかる。
1915年を見れば、それが達観している。

彼女は人を殺すほどに感じるのだ。
人の命の重さを。
人生の重さを。


そして、それが勇者だと言わんばかりに。











2、人の死ぬ時は安らかではないと思う。
  やはり、死ぬ瞬間は苦しいと思う。




死ぬ。
それを安らかに眠ると表現する時がある。

私はそういった表現をすることは作中でもおそらくない。
誰かの心情でそう描くときはあるかもしれないが。



けど、私は見ていて思う。
死ぬ瞬間・・・その瞬間はやはり苦しそうな表情をしている。
私はそう思う。




あまり、こう言ってしまえばアレだが。。。
正直言って、死の直前をずっと眺めている人はあまりいない。
だから。死が安らかに眠るように見えるのだと思う。
その過程を見ていないから。


介護士というのは、死の過程をずって見ていくのだ。
悪くなっていく過程を。
しんどくなっていく過程を。


そして、そんな状態でも。
いや、そんな状態だからこそ世話をするのだ。

清潔を保つために、身体を拭く。
歯磨きをする。
顔をタオルで拭く。
排泄の処理をする。
爪を切ってあげる。


最後の最後まで『人間』の姿のままで。
それが介護の仕事の一つだ思う。










3、作品でも私は一人ひとりのキャラクターの人生を描きたい。

こういう仕事をしているからこそ。
余計に思う。

一人ひとりのキャラクターの信念。
あるいは人生観を書きたい。
そして、その生涯を書きたいと思う。

カレンの死ぬときまで。
クロンの死ぬときまで。
そして、その先も。


私はグッゲンハイムの世界を通じて、そこまで突き詰めて書きたい。
そう願いながら、また小説を書く。


そして、私は仕事で人の死を見取るのだろう。


2010年、11月7日。
LandM 才条 蓮。



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