オウファン「やれやれ、司令官はなるべく前線に立ってほしくないものですが……。」
……と、迷惑そうな微笑で出迎えをしたのはオウファンであった。
普段と変わらない微笑に見えるが、それでも少し疲れを感じさせる微笑であった。
もっとも、それに気づいたのはクロンだけであったが。
クロン「そうであるならば、もっと熟練兵を作ることだ。それがない限りは司令官が出ねば話ならん。」
オウファン「恐縮です。」
事実、クロン以外の人間が向かって円滑に撤退を促せる人材がいるか……と問われればそれはないとオウファンは応える。
そこまでの戦闘熟練者がこのクロノス自治区にはまだいない。
だからこそ、クロンが動き確実に成功をおさめる必要があったのである。
それまではクロンが自分で動くしかない。
兵を育てるにしても時間がかかる。それまでの時間は稼いでみせる自信もあった。
―――――――偵察兵を追い出すことはいくらでもできる。
100回やっても成功させる。それだけの圧倒的の技量と知識がある。
問題は、正規兵がいつやってくるか……であった。
いくらなんでも、正規兵が大挙して押し寄せれば魔王のクロンでも対処はできない。
そのときはマユルやシェクスピアを動員するしかない。
クロン「この後はどうなるかの予想は?」
オウファン「そうですね。」
正規兵がいつくるのかによって、対策が変わる。
しばらくは戦う気がなくて、偵察一辺倒なのかそれともすぐに戦いを仕掛けたいのか……。
それはオウファンに確認を取っておく必要はあった。
オウファン「本音はすぐ攻め込みたいでしょう。ですが……結界への対策がない限りは攻めることはありえません。かなりここの結界は悪質ですからね……。それはシュライン国家アイアトーネ市も熟知しているでしょう。結界対策チームをつくっていますし、その解析がどれくらいかかるか……分かりませんね。」
アイアトーネ市はただ降参して結界をみているわけではない。
結界を解呪するための対策チームは秘密裏に作っていたし、クロンもそのことは前提で結界を作っている。
それでも解析に時間がかかるロジックの結界を構築しているのである。
専門家でも解析には時間がかかる結界にしてあるつもりである。
クロン「概算でいい。対策チームはどれくらいの期間……解析に時間がかかる?」
クロン自身は自分の結界にどれくらいの解析がかかるのか分からない。
自信はあるが……それでも敵国の軍の力を侮るわけにはいかない。
それぐらいはおごりはない方がましである。
そうクロンは感じた。
オウファン「……当てになりませんよ。」
オウファンの当てにならないはそこまで捨てたものではない。
確定事項以外ははっきりといわない慎重な性格なのである。
オウファンの当てにならないは50%ぐらいの確率で正解である。
クロン「構わない。」
クロンははっきりと言った。
それでもクロンが概算するよりかは遥かに正確性がある。
その判断力はあった。
オウファン「10日から1ヶ月。」
クロン「早いな。」
自分の威信をかけて構築した結界が10日で破られると聞くとあまりいい気分はしなかった。
しかし、人間の叡智を舐めてはいけない。
その気になれば、結界は破ることが可能なのは分かりきっていた。
破ることができない結界などありはしない。
もし、そんなものが存在することができたら国境という概念が変わっているし、戦争も起こらない。
オウファン「最速でそれぐらいです。遅ければ……まあ1年後ぐらいですか?何にしても、どれだけここにお熱か……次第ですね。」
オウファンは後半はかなり適当に聞こえた。
それはあまりあてにならない意見だということをほのめかしていた。
要するに最速で10日だから、それに合わせて準備した方がいいということをオウファンは言いたかったのだろう。
相変わらずというか、何というか……このオウファンという人物はなかなか誤魔化しにかけてはトップだろう。
腹の探り合いをさせれば、かなり上手だ。
クロンとしてはもっとストレートに発言してほしいが、それを求めるとオウファンらしくないと考えて注意するのを止めた。
それよりも、考えることは10日で結界を破った場合の話だ。
クロン「しかし、この結界の解呪には最低でも30時間はかかる。私が全力でやってもそれぐらいはかかる。」
オウファン「他人がやれば……まあ40時間はかかるでしょうね。」
オウファンは表情を変えないポーカーフェイスだった。
あまり意味のない微笑であることは間違いなかった。
30時間はかかる結界は強みである。
時間稼ぎができると同時に戦闘の準備ができる。
オウファン「ひとつ聞きたいことが。」
クロン「なんだ?」
オウファン「魔術トップクラスによる空間転位の奇襲です。」
クロン「………。」
考えなかったわけではない。
結界を超越する移動方法はある。
つい先日マユルも時間転位をしてきたのだから。
だが、そのリスクはあまりにも大きい。
結界を通り抜けたからと言って、侵入者に全く結界が作用しないわけではない。
むしろ、効力は強まる。
結界の中に無断に侵入してきた者は容赦なく能力制限がかかり、そして1時間もしないうちに死にいたる。
そんなリスクを負ってまで侵入してくるものは……おそらくいない。
そうクロンは考えた。
マユルもそういった面では賢く行動をしていた。
仮に、マユルが時間転位をしてきたときに侵略行動を取っていたとしても、1時間後には死んでいる。
クロノス自治区の結界というのはそういう悪質なものなのである。
クロン「そんなリスクを負う者はいない。少なくとも集団では攻めてこない。」
オウファン「まあ、それでしょうね。」
クロン「やはり、問題は結界が破られた場合だ。」
今、考えるべきはいかに大規模な戦闘……戦争と呼ばれる状態を回避するかである。
それをなるべく長い間回避することが目下、クロンに課せられた使命だともいえる。
あらゆる面で準備不足である。
それを今回の出来事でも痛感した。
オウファン「今回の件を参考にもう一度煮詰めましょう。」
クロン「ああ。」
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comment
なるほど。結界があるから人間側も多正面作戦は取りづらいわけですね。いわば自治区自体が要塞となるわけですか。合理的な設定だなあ。
ケイオシアムの「ドラゴン・パス」みたいに、長大な戦線を組んで包囲だの突破だのをやりあうとなったら、数が少ないほうは質的にかなり優位でもたまったものではないと思ったのですが、結界があるなら、破ってきた敵をもぐら叩きみたいに潰していればいいわけですからね。
ところで、枝葉末節といったらなんですが、本章第1話で、「マユルと子供ができた」という文を読んで、
シェクスピアさんっ! あなた相手は7歳ですよ! 齢の差を考えなさい齢の差を! そもそもそれって犯罪じゃないんですかっ!
と顔を赤らめてしまったのは内緒です(笑)。
「マユルという子供ができた」ということですよね。失敬……(^^;)
2010/02/25 18:00 | ポール・ブリッツ [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ポール・ブリッツ様へ
一応、その辺は合理的にやっていこう……ということを考えてやっております。
結界を張っておかないと、クロノス自治区とシュライン国家がほぼ対等に付き合ってられないということもありますからね。もぐらたたき……というのは良い表現ですよね。確かにそういう側面がありますよね。面白いです。
シェクスピアは基本的に年下好きなので、マユルともありだと思いますよ?私は。……まあ、犯罪なのは間違いないですけど。
2010/02/25 19:40 | LandM [ 編集 ]
この世界って自分の領地で起きたことは自分たちで何とかしろって感じなの?それとも同盟国が助けてくれるの?
2011/06/03 12:44 | ★ハリネズミ★ [ 編集 ]
★ハリネズミ★ 様へ
その国によりけりです。
国際情勢がグッゲンハイムは複雑なんですよ。
クロノス自治区は西の管理者フェルト国家と半同盟的な関係になっております。クロンが禁呪の制御法などを確立していて、その知識を与える代わりに、ある程度のフェルト国家から融通をしてもらっています。ですが、この同盟は非公式のものであって、まだ公になっている段階ではありません。少なくとも1905年の段階ではですけど。
シュライン国家は北の帝国デュミナスの属国になっております。過去の竜族戦争の影響で、北の帝国デュミナスが勝った影響で、デュミナスの属国になっているところは多いです。その国家のひとつです。その関係上、シュライン国家はデュミナス帝国に軍事的にも協力してもらっております。
このあたりは恐ろしいほどに設定が細かく、内部事情もかなり複雑怪奇になっているため、全く描写していないんですよね。話のテンポが遅くなるので、すべてかっ飛ばしています。
2011/06/03 19:03 | LandM(才条 蓮) [ 編集 ]
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